2026年8月1日、フジテレビ「ENGEI 8 笑いの夏祭り」の生放送で、劇団ひとりさんが地上12階のハイラインに立ちました。スラックラインは、この企画が始まるまで一度も触ったことがなかった人です。約2ヶ月、レッスンは8回。指導と設置・安全監修を担当したSlackline Research の大杉徹が、この2ヶ月で見たことを書いておきます。

きっかけは、海外のハイラインの映像だった
この企画は、劇団ひとりさんが海外のハイラインの映像を観たことから始まっています。いつかやってみたい。その一言が起点でした。番組側の演出として降ってきた企画ではなく、本人の希望から立ち上がったものです。
私に話が来たのは6月半ば。本番は8月1日の生放送。準備できる時間は2ヶ月足らずでした。
そして、ひとりさんはスラックラインに一度も乗ったことがありませんでした。
地上で歩けるベテランでも、ハイラインでは1歩も出ない
テレビでは「綱渡り」と紹介されることもありますが、正確にはハイラインといいます。地上高く張られた1本のラインの上を、命綱をつけて歩きます。今回のラインは対角約29.5メートル、フジテレビ本社の地上12階コリドールに張りました。
地面から数十センチの高さで張るスラックラインと、本質はまったく同じです。同じラインの上を、同じように歩く。技術も、身体の使い方も、変わりません。
ところが、地上で長い距離を歩けるベテランが、ハイラインでは全く歩けません。1歩も出ない人がいます。何年もラインに乗ってきた人が、です。
なぜか。恐怖が追加されるからです。
怖いと、力みます。余計なことを考えます。そうすると、心と身体がバラバラになる。スラックラインは、心と身体が一致していないとバランスが取れません。だから、恐怖ひとつで、積み上げた技術が全部無効になる。
ハイラインで問われているのは技術ではありません。恐怖の中で、心と身体を一致させられるかどうか。それだけです。
ハイラインが究極だと言われるのは、これが理由です。別の技術が必要になるからではなく、同じ技術を、恐怖の中で出せるかどうかが問われるからです。
レッスン8回で登った階段
未経験者を約2ヶ月で地上12階に立たせる。そのために組んだ段階が、これです。
合計8回。この8回で、未経験からロングライン20メートルの完歩、そしてハイラインでバランスを取るところまで来ました。
記録として確認したわけではありませんが、感覚として言えば、これは相当に速い。そもそもスラックラインを始めて2ヶ月でハイラインに乗る人がいません。世界で最も短い期間でハイラインの上でバランスを取った人かもしれない、と本気で思っています。
毎回、彼は「また0からだ」と言った
劇団ひとりさんは、集中力が本当にすごい人でした。ただ、エンジンがかかるまでは少し時間がかかる。そして毎回、段階が上がって長いラインにアップデートするたびに、彼は絶望していました。
「全然ちがう。また0からだ」
もちろん、そんなことはありません。長さと緩さが変わるとリズムが変わるので、慣れるまで時間がかかるだけです。基礎はもう身体に入っている。私はそう伝えました。
「基礎はあるから、急に渡れる瞬間が来る。信じてやって。信じてやるほうが、その瞬間が早く訪れるよ」
これは励ましではありません。理屈です。
「無理だ」と考えている時点で、余計なことを考えている。つまり集中していない証拠です。集中していなければ、上達は遅れる。だから信じてやったほうが、その瞬間は早く来る。単純な話です。
恐怖も、疑いも、同じものです。どちらも心と身体を引き剥がす。ハイラインの上では、それが致命傷になります。
そして劇団ひとりさんは、無理だと言いながらも「でもやるしかない」という意思を全身から放っていました。結局、その日のミッションは毎回クリアしていく。やればやるほど良くなってくる。その段階で「イケるかも」と思えるんだと思います。途中から、弱音は出なくなりました。
これ、以前『世界の果てまでイッテQ!』でイモトアヤコさんにハイラインを教えたときも、まったく同じでした。無理だと言いながら、やるしかないと腹を括って、結局その日の課題をクリアしていく。
あそこまで行く人には、共通するものがあるんだと思います。
20メートルを渡り切った日、「最後、すごく楽だった」
転換点は、ロングライン20メートルを完歩した日でした。
渡り切ったあと、ひとりさんはこう言いました。最後のほうは、すごく楽に渡れた、と。
これがまさに、私が最初から言っていた「急に渡れる瞬間」です。力んで、考えて、頭で処理しようとしている間は歩けない。それが抜けた瞬間、ラインは急に静かになる。身体が勝手に処理を始めます。
この感覚は、一度掴むと身体が覚えています。ここから先にやることは、その感覚を出せる回数を増やしていくだけでした。
1発目のハイラインで、彼は地面に倒れ込んだ
ただ、地上で20メートル渡れることと、ハイラインに乗ることは、また話が違います。
ハイラインの1発目は、本当に怖い。これは誰でもそうです。経験を積んだ人間でも、その日の1本目は怖い。ひとりさんも例外ではありませんでした。
初めてハイラインを目の前にしたとき、彼はまだ乗ってもいない段階で、頭がおかしくなりそうだ、と言って地面に倒れ込んでいました。
「最初はあんなに楽しかったのになぁ」と、ひと笑いとると、そこからスイッチを切り替え、何度も何度も連続でハイラインから落ちる練習を行いました。
ハイラインは、落ちる練習から始めます。わざと落ちて、命綱でぶら下がって、自分でラインに戻る。落ちても大丈夫だと身体に分からせないと、恐怖はいつまでも抜けません。頭で理解していても意味がない。落ちてみるしかない。
倒れ込んでいた人間が、立ち上がって、自分から落ちにいく。それを繰り返す。
畑は違いますが、さすがプロだと思いました。
言葉は、現実世界を不完全に圧縮したもの
指導していて、いつも思うことがあります。
言葉というのは、現実世界を不完全に圧縮したものです。ラインの上で起きていることを、言葉に変換した瞬間に、大事な何かが必ず抜け落ちる。だから伝えるのには、かなり気を使います。
アドバイスをしすぎると、本当に裏目に出るんです。言われたことを頭で考えすぎると、動きがロボットみたいになる。頭が身体の邪魔をしてしまう。
だから私は、観察しています。声をかける内容とタイミングを、常に見ている。今この人に何を言うべきか。いや、何も言わないべきか。その判断だけを、ずっとしています。
これまでの講師経験と、自分自身の身体の記憶と、研究。その全部を使って、フレーズとタイミングを厳選する。それが指導という仕事の実体です。
正解を持ったまま、黙って試させる
こんなことがありました。
今回のラインは歩くだけ、気候も良い時期。それなら足裏の感覚が直接伝わる裸足が有利です。私は「裸足のほうが歩きやすいですよ」と伝えました。「テンションも少し緩めがいいですよ」とも。経験上、この条件ならそれが正解に近いと知っているからです。
(誤解のないように書いておくと、普段は靴をおすすめしています。冬は足がかじかみますし、フリースタイルやトリックラインは怪我のリスクもある。ただし、どんな靴でもいいわけではありません。大事なのは足を締め付けないこと。締め付けられた足は感覚が鈍り、指が使えなくなります。私がVIVOBAREFOOTを履いているのは、それが理由です)
でも劇団ひとりさんは「一応、靴を履いてやってみたい」と言う。「ラインももう少し硬いのを試したい」と言う。
私はそれを否定しませんでした。一旦、試させました。
なぜか。頭で「裸足が正解らしい」と理解していても、身体が納得していなければ意味がないからです。自分で試して、自分の足の裏で違いを感じて、はじめて心と身体が一致する。教えられた正解より、自分で掴んだ正解のほうが、はるかに強い。
正解を知っている人間が、正解を言わずに黙って見ている。これはけっこう難しいことです。でも、そこにしか道はありません。
最後の練習日に伝えた、たったひとつの言葉
本番当日、私はひとりさんに特別な声かけをしていません。もう言うことがなかったからです。
代わりに、練習の最終日にひとつだけ伝えました。
スラックラインの世界には「考えるな、感じろ」という言葉があります。
使い古された言葉に聞こえるかもしれません。でもラインの上では、これが文字どおりの技術指示になります。考えた瞬間に、頭が身体の邪魔をする。感じている間だけ、身体は正確に動く。
2ヶ月かけて積み上げたものを本番で出すために、最後に必要な言葉はそれだけでした。
本番
生放送の本番、ひとりさんはピエロの姿でハイラインの上に立ちました。
2ヶ月積み上げたものを、その1回で出す。練習と違うのは、やり直しがないことだけです。
最後まで歩きたい一心でやっていました。そのうえで、あの高さで見ている人を楽しませることまでやってのけた。
一瞬の笑いのために、どれだけ準備するのか。プロの仕事に携わらせてもらって、こちらが刺激を受けました。
画面に映らなかった、もうひとつの2ヶ月
正直に書くと、これまでで一番ハードな仕事でした。
今回の設置は、この企画のためだけの特別な設計です。テレビ局の12階コリドールという場所に、既製の答えはありません。どこから何をどう取るか、万一のときにどう救助するか。レスキューの手順まで含めて全部を設計し、現地に入るたびにアップデートしていきました。これまでの経験を全部つぎ込んだ、という感覚があります。
現場は加藤木友香との2名体制で通しました。歩くメインラインの上に、もう1本の補助ラインを張る構成です。そこから紐を垂らして、スタート位置まで届かせる。図面の上では成立していても、実際にやってみないと分からないことが必ずあります。
会場は天候が変わりやすい場所でした。夕立が来る日もあれば、風が強い日もある。高い場所の風は、地上の予報より強く吹きます。だから安全マニュアルを作成し、どの条件なら実施し、どの条件なら止めるかを事前に決めて臨みました。
そして連日連夜のスケジュール。深夜に撤収して、翌日また入る。疲労は判断力を落とし、判断力の低下は安全に直結します。だから疲労を溜めないことも、この仕事の一部でした。
結果として、期間を通じてヒヤリとする場面は一度もありませんでした。それは運が良かったからではなく、そうなるように全部を設計したからです。何も起きなかったことが、この2ヶ月の成果物です。
ドキュメンタリーがもう1本作れるくらいの内容だったと、本気で思っています。
AIの時代に、身体を置きにいくことの価値が上がる
今、AIに聞けば、たいていのことは教えてくれます。ハイラインの歩き方も、体幹の使い方も、恐怖への対処法も、いくらでも説明してくれるでしょう。情報は無限に、無料で、瞬時に手に入る時代です。
でも、それを何時間読んでも、あなたの身体には何も起きていません。
ラインの上に立つ。その行為をした瞬間に、はじめて何かが始まります。立てなくても、揺れて落ちても、それは起きている。読んでいる間は、何も起きていない。
言葉は現実世界を不完全に圧縮したものです。そしてAIが扱えるのは、その圧縮されたものだけ。圧縮される前の現実は、身体を置きにいった人にしか届きません。
劇団ひとりさんがやったのは、そういうことです。8回、恐怖のある場所に実際に身体を置いた。何度も落ちて、また立った。プロンプトを打っても手に入らない。課金しても手に入らない。自分の身体をそこに運ぶ以外に、方法がありません。
情報が無限に手に入るようになったからこそ、情報では絶対に手に入らないものの価値が上がっていく。私はそう思っています。
スラックラインは、誰でも始められます
ハイラインは、スラックラインの延長線上にあります。地面から数十センチの高さで張った1本のラインの上を歩く。それがスラックラインです。公園でも、庭でも、室内でも始められます。
最初は、誰も立てません。それでいいんです。立てなかったという事実が、あなたの身体に残る。読んでいるだけでは、それすら起きません。
そして、やればやるほど良くなってきます。ある日、急に乗れる瞬間が来る。劇団ひとりさんに伝えたのと同じことを、これを読んでいるあなたにも言います。信じてやってください。信じてやるほうが、その瞬間は早く訪れます。
Slackline Researchでは、こうしたテレビ番組やイベントでのハイライン設置・安全監修、体験会やパフォーマンスも承っています。累計500件以上の実績があります。