2026年8月1日、フジテレビ「ENGEI 8 笑いの夏祭り」の生放送で、劇団ひとりさんがハイラインに挑戦しました。1ヶ月半、指導と設置・安全監修を担当したのは私、Slackline Research の大杉徹です。この1ヶ月半で見たことを書いておきます。

地上で歩けるベテランでも、ハイラインでは1歩も出ない
テレビでは「綱渡り」と紹介されることもありますが、正確にはハイラインといいます。地上高く張られた1本のラインの上を、命綱をつけて歩きます。今回のラインは対角約29.5メートル。地上12階の高さに張りました。
地面から数十センチの高さで張るスラックラインと、技術そのものは同じです。同じラインの上を、同じように歩く。それだけのことです。
ところが、地上で長い距離を歩けるベテランが、ハイラインでは全く歩けません。1歩も出ない人がいます。何年もラインに乗ってきた人が、です。
なぜか。恐怖が追加されるからです。
怖いと、力みます。余計なことを考えます。そうすると、心と身体がバラバラになる。スラックラインは、心と身体が一致していないとバランスが取れません。だから、恐怖ひとつで、積み上げた技術が全部無効になる。
ハイラインが究極だと言われるのは、これが理由です。問われているのは技術ではなく、恐怖の中で心と身体を一致させられるかどうか。それだけなんです。
劇団ひとりさんは、その領域に1ヶ月半で踏み込みました。
毎回、彼は「また0からだ」と言った
劇団ひとりさんは、集中力が本当にすごい人でした。ただ、エンジンがかかるまでは少し時間がかかる。そして毎回、練習の段階が上がって長いラインにアップデートするたびに、彼は絶望していました。
「全然ちがう。また0からだ」
もちろん、そんなことはありません。長さと緩さが変わるとリズムが変わるので、慣れるまで時間がかかるだけです。基礎はもう身体に入っている。私はそう伝えました。
「基礎はあるから、急に渡れる瞬間が来る。信じてやって。信じてやるほうが、その瞬間が早く訪れるよ」
これは励ましではありません。理屈です。
「無理だ」と考えている時点で、余計なことを考えている。つまり集中していない証拠です。集中していなければ、上達は遅れる。だから信じてやったほうが、その瞬間は早く来る。単純な話です。
恐怖も、疑いも、同じものです。どちらも心と身体を引き剥がす。ハイラインの上では、それが致命傷になります。
そして劇団ひとりさんは、無理だと言いながらも「でもやるしかない」という意思を全身から放っていました。結局、その日のミッションは毎回クリアしていく。やればやるほど良くなってくる。その段階で「イケるかも」と思えるんだと思います。途中から、弱音は出なくなりました。
これ、以前『世界の果てまでイッテQ!』でイモトアヤコさんにハイラインを教えたときも、まったく同じでした。無理だと言いながら、やるしかないと腹を括って、結局その日の課題をクリアしていく。
あそこまで行く人には、共通するものがあるんだと思います。
言葉は、現実世界を不完全に圧縮したもの
指導していて、いつも思うことがあります。
言葉というのは、現実世界を不完全に圧縮したものです。ラインの上で起きていることを、言葉に変換した瞬間に、大事な何かが必ず抜け落ちる。だから伝えるのには、かなり気を使います。
アドバイスをしすぎると、本当に裏目に出るんです。言われたことを頭で考えすぎると、動きがロボットみたいになる。頭が身体の邪魔をしてしまう。
だから私は、観察しています。声をかける内容とタイミングを、常に見ている。今この人に何を言うべきか。いや、何も言わないべきか。その判断だけを、ずっとしています。
これまでの講師経験と、自分自身の身体の記憶と、研究。その全部を使って、フレーズとタイミングを厳選する。それが指導という仕事の実体です。
正解を持ったまま、黙って試させる
こんなことがありました。
今回のラインは歩くだけ、気候も良い時期。それなら足裏の感覚が直接伝わる裸足が有利です。私は「裸足のほうが歩きやすいですよ」と伝えました。「テンションも少し緩めがいいですよ」とも。経験上、この条件ならそれが正解に近いと知っているからです。
(誤解のないように書いておくと、普段は靴をおすすめしています。冬は足がかじかみますし、フリースタイルやトリックラインは怪我のリスクもある。ただし、どんな靴でもいいわけではありません。大事なのは足を締め付けないこと。締め付けられた足は感覚が鈍り、指が使えなくなります。私がVIVOBAREFOOTを履いているのは、それが理由です)
でも劇団ひとりさんは「一応、靴を履いてやってみたい」と言う。「ラインももう少し硬いのを試したい」と言う。
私はそれを否定しませんでした。一旦、試させました。
なぜか。頭で「裸足が正解らしい」と理解していても、身体が納得していなければ意味がないからです。自分で試して、自分の足の裏で違いを感じて、はじめて心と身体が一致する。教えられた正解より、自分で掴んだ正解のほうが、はるかに強い。
正解を知っている人間が、正解を言わずに黙って見ている。これはけっこう難しいことです。でも、そこにしか道はありません。
AIの時代に、身体を置きにいくことの価値が上がる
今、AIに聞けば、たいていのことは教えてくれます。ハイラインの歩き方も、体幹の使い方も、恐怖への対処法も、いくらでも説明してくれるでしょう。情報は無限に、無料で、瞬時に手に入る時代です。
でも、それを何時間読んでも、あなたの身体には何も起きていません。
ラインの上に立つ。その行為をした瞬間に、はじめて何かが始まります。立てなくても、揺れて落ちても、それは起きている。読んでいる間は、何も起きていない。
言葉は現実世界を不完全に圧縮したものです。そしてAIが扱えるのは、その圧縮されたものだけ。圧縮される前の現実は、身体を置きにいった人にしか届きません。
劇団ひとりさんがやったのは、そういうことです。恐怖のある場所に、実際に身体を置いた。何度も落ちて、また立った。プロンプトを打っても手に入らない。課金しても手に入らない。自分の身体をそこに運ぶ以外に、方法がありません。
情報が無限に手に入るようになったからこそ、情報では絶対に手に入らないものの価値が上がっていく。私はそう思っています。
スラックラインは、誰でも始められます
ハイラインは、スラックラインの延長線上にあります。地面から数十センチの高さで張った1本のラインの上を歩く。それがスラックラインです。公園でも、庭でも、室内でも始められます。
最初は、誰も立てません。それでいいんです。立てなかったという事実が、あなたの身体に残る。読んでいるだけでは、それすら起きません。
そして、やればやるほど良くなってきます。ある日、急に乗れる瞬間が来る。劇団ひとりさんに伝えたのと同じことを、これを読んでいるあなたにも言います。信じてやってください。信じてやるほうが、その瞬間は早く訪れます。
Slackline Researchでは、こうしたテレビ番組やイベントでのハイライン設置・安全監修、体験会やパフォーマンスも承っています。累計500件以上の実績があります。